2018年9月29日に「特定労働者派遣」が完全に廃止される(※)。一般労働者派遣と異なり、派遣元と労働者の間に無期雇用契約を結び、案件が発生したときだけ客先に派遣して作業をするという特定労働者派遣は、IT業界で広く活用されてきた。
詳細な作業や成果物を契約時点では決め切れないアジャイル開発やITの保守、運用作業では、「わが社の技術者を、お客さまの指示で使ってください」という形態は、実際のところ便利で、ある意味合理的でもあったのだ。
※参考リンク:「(旧)特定労働者派遣事業」は行えなくなります!(厚生労働省)
特定労働者派遣廃止後、この形態を便利に使ってきたITユーザー(発注者)とベンダー(受注者)が今まで通りに作業を行おうとして犯しそうな間違いが、「偽装請負」である。
契約上は「請負」でありながら、実際には受注側メンバーが発注側担当者から直接指示を受ける、勤務時間や残業を管理される、契約外の作業もさせられるなどは、受注者側に「最大1年の懲役もしくは100万円の罰金」という刑事罰が適応される違法行為である。
しかし、今まで通りの作業を契約書のお題目だけ変えて実施しようとする企業が発生する可能性は否めない。
IT訴訟事例を例にとり、システム開発にまつわるトラブルの予防と対策法を解説する本連載、今回は少し趣旨を変えて、「請負」「派遣」「SES契約」の違い、そして「偽装請負」について考える。
偽装請負扱いされると困るから、俺が直接指示したことは黙っていてくれ(画像はイメージです)
契約は請負、実態は派遣
2014年3月の国会で、以下の問題が取り上げられた。
2014年3月26日 参議院消費者特別委員会 日本共産党大門紀史議員質問から
大手ITベンダー系コンサルティング会社の上級コンサルタントが、あるメガバンクのシステム開発プロジェクト(請負契約)に参加したところ、そこでは発注者であるメガバンクの担当者が、そこに常駐するコンサルタントや、他のITベンダーの作業者に直接作業指示を出していた他、勤務時間の管理も行っており、また、このコンサルタントに対しても、データ入力やコピー取りなど請負契約で定められた以外の作業が命じられた。
これについて、コンサルタントが、この作業の実態は請負ではなく派遣ではないかとメガバンクの担当者に疑問を呈したところ、コンサルタントはプロジェクトメンバーから外された。
この問題は既に、厚生労働者東京労働局から偽装請負であるとして派遣元のコンサルティング会社とメガバンクの両方に是正指示が出されている。
実際のところ、こうした偽装請負はIT産業以外でも散見され、中には派遣元企業に業務停止命令が出たケース(※)などもある。
※参考リンク:偽装請負、企業に一罰百戒 最大手クリスタルに厚生労働省がメス(日経ビジネス 2006年10月17日)
このように各所で耳にする「偽装請負」だが、それが違法行為であることに当事者たちが気付いていない例も多い。少し古い話だが、かく申す私自身がそうだった。
知らず知らずのうちに偽装請負の犠牲者になる例も
ある金融機関のシステム更改プロジェクトのため、客先に「請負契約」で常駐していた私は、本来の業務とは関係のないPCの操作に迷う客先担当者に操作法を教えたり、トラブル対応などを行ったりしていた。誰から言われるでもなく、単に善意で行っていたのだ。
その様子を見た客先の担当者が、社内で起きるさまざまなITトラブルに関する相談を私に持ち掛け、私は対応に忙殺されるようになった。作業の中には小さいながらも全く新しいプログラムの作成などもあり、納期が変わることのなかった本業にも対応しなければならないため、深夜まで残業することもしばしばだった。
プロジェクトマネジャーは状況を知っていたにもかかわらず、私に「本業の納期は守るように」と言うだけだった。客先担当者は何の罪の意識もなく、「本当に助かる」と私に作業を依頼してきた。そして、当の私自身、「お客さまに喜んでもらえて自分のプレゼンスが上がる」と、むしろ積極的に、こうした契約外作業に取り組んでいた。誰も不満を持たず、不審にも思わない中、私はズルズルと「偽装請負」の被害者になっていたのだ。
誰にもこれが違法行為だという意識はなかった。しかし、こうした作業の仕方には明らかにリスクがあり、大きな問題にならなかったのは、私が単に運が良かっただけなのだ。
「契約外作業」の「直接指示」がまん延すると、受注側の作業者は、五月雨式にやってくる契約外作業の対応に追われながら、本来の業務もどんな苦労をしてでも完遂しなければならなくなる。発注側担当者から深夜残業や休日出勤を命じられるかもしれないし、体調不良で休んでも、「では、回復後の残業で取り返せ」などと言われるかもしれない(実際、そうした例を私は幾つも見てきた)。
それでも請負契約なので追加の費用は認められず、作業が遅れれば減額や支払い拒否を言い渡されるし、瑕疵(かし)担保責任まで付いてきてしまう。こうした状況を、大した罪の意識もなく発注者と受注者が作り出してしまうのが「システム開発、運用・保守における偽装請負」の一形態である。
もっとハッキリと悪意を持った偽装請負なら、作業者の勇気次第で解決への道筋もつきそうだが、こうしたケースの場合には、そもそも問題にすらならない例も多い。
キープレイヤーはプロジェクトマネジャー「の上司」
しかし、悪意の有無にかかわらず、「偽装請負」は立派な犯罪である。
偽装請負ではないが、かつて発注側担当者の高圧的な態度が一因となって、受注者のプロジェクトマネジャーが健康を損ねたケース(東京地方裁判所 平成19年12月4日判決)がある。
判決で裁判所が「その責任はベンダー側(受注者)の労務管理にある」と判断したことを考えると、偽装請負により作業員が被る被害の責任は受注者に求められる可能性が想定される。受注者は、これをよくよく心に刻んでおかねばなるまい。
そもそも、発注者は「請負」をどの程度認識しているのかは分からない。発注者は、ある意味無邪気に、契約範囲外の作業も含めた作業指示を出しているのかもしれない。受注者は、そうしたことからメンバーを守る義務がある。
キープレーヤーは、受注者のプロジェクトマネジャー"の上司"だ。
多くの場合、偽装請負が行われる現場は常駐している客先である。本来なら、常駐先の責任者である受注側のプロジェクトマネジャーが、「発注側担当者がメンバーに直接指示をしていないか、作業時間などを縛り付けていないか、契約外の作業を行っていないか」をチェックする。
しかし、プロジェクトマネジャー自身も常駐者である。客先との人間関係を忖度(そんたく)したり、偽装請負作業に神経がマヒして気付かなかったりしていることがある。
そういう場合は、客観的に作業の状態を判断できて、何か問題があれば客先にモノを言えるプロジェクトマネジャー"の上司"が、小まめに常駐先を訪問して、メンバーにヒアリングを行いながら情報を集めることが必要だ。
「お客さま」に対してモノを言うのは気の引ける部分もあるが、ことが発覚すれば重大な問題に発展しかねないし、上司の責任も強く糾弾される。発注側の担当者は、そもそも偽装請負を知らないケースもあるので、「言うべきことはしっかりと言う」という姿勢が必要だ。
ちゃんと見張っています
SES契約の危険
ここまでで紹介した事例は、「請負契約だったはずが、実際には派遣労働と変わらなかった」というものだったが、同じような危険を持つ契約の形態に「SES」(System Engineering Service システムエンジニアリングサービス)契約がある。
SESは、正しく運用されていれば違法行為ではない。しかし、受注者が作業範囲を超えた作業をさせられたり、請負契約でもないのに成果物の完成や品質に責任を持たされ、瑕疵担保責任まで負わされたりすれば、立派な法律違反だ。
「請負」「派遣」「SES契約」の特徴
まず、「請負」「派遣」「SES」の特徴を簡単に整理する。
請負
請負契約は、受注者は発注者の望む「成果物の完成」を求められる。
一方、その作業方法や人員、作業時間など、完成に至る「方法」は、受注者の裁量に任される。例えば、洋服をオーダーメイドで作成する場合、客は、期日までに注文したものが、見積もり通りの価格で出来上がっていれば、誰が、いつ、どのような作業方法で服を作ったかについて関知しないし、できない。契約書で約束した「モノ」とその「数量」がそろっていればいいのだ。
請負契約には、通常「瑕疵担保責任」が付けられる。いったん納品した成果物であっても、受け取り時点では気付かなかった欠陥(ソフトウェアにおいてはバグなど)に発注者が後で気付いた場合、民法の定めでは「納品後1年以内であれば、無償で修補を求める」ことができる。
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瑕疵担保責任(かしたんぽせきにん)
派遣
請負と全く逆の性質を持つのが派遣契約だ。顧客が買うのは、派遣される要員の「労働力」であり、働く「時間」によって金額が決まる。「1時間当たり1000円の労働力を月に160時間買うから、16万円支払う」という契約だ。
派遣されたメンバーは、派遣先の指揮命令、作業管理の下、作業を行う。どのような作業を、どのように実行するのかも、派遣先の指示に従って行う。
請負と違って、その成果物に責任は負わない。(実際の運用においては微妙なところだが)作ったソフトウェアにバグが残存して使い物にならなかったとしても、定められた時間、真摯に作業に取り組んでいれば、その責任を派遣されたメンバーが負うことはない。
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派遣業と請負業の違い
SES
近頃よく耳にするSESは「準委任契約」に分類される。
本来、発注者が自身で行うべきITに関する作業を、一定の能力を持ったメンバーが「代わりにやってあげる」という解釈が妥当かと思う。
「客先で作業を行うのが一般的」という点は派遣とよく似ている。異なるのは、その「指揮命令系統」だ。
発注者は直接、受注者のメンバーに指示を出すことはできないし、勤怠管理を行うこともできない。それらは受注者の責任者を通して行わなければならない。
受注者が成果物の完成に責任を持つこともない。作業の手段などは受注者に任され、代わりに受注者は報告書を提出する。
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それぞれの特徴を表にまとめよう。
形態
提供するサービス
手段
指揮命令/勤怠管理
備考
請負成果物 受注者の裁量に任せる 受注者 瑕疵担保責任あり
派遣労働力 発注者の指示に従う 発注者 成果物に責任を負わない
SES(準委任)労働力 受注者の裁量に任せる 受注者 報告書を提出する
実に曖昧なSES契約
SESは受注者にある程度の裁量が任されていながら、成果物の責任を負わない契約のはずだが、実際の現場では、こうしたルールを無視した運用がかなり行われているように思われる。
発注者が受注側作業責任者を通さずに、受注者のメンバーに「明日の朝までに、このプログラムを修正して」と言うことなど日常茶飯事だ。
受注者は作業管理は行われないはずなのに、指定した時間分働いたことを証明するために出退勤の時刻の報告を求められたり、遅刻や早退をするのに発注者の許可が必要なケースも多いと聞く。
さらに、請負ではないのに、プログラムにバグがあれば時間を超えてでも修正することを要求され、作業期間終了後に発生した問題に対応させられることも珍しくはない。
最大の問題は、受注側管理者が現場におらず、こうした契約の逸脱行為が行われていても実態を把握できないケースがあることだ。
受注者は最悪、発注者の命令に基づいてモノが出来上がるまで拘束され、ときには契約外の作業も依頼される一方、出退勤や勤務態度まで縛られる割に、支払われる費用は定額で動かず、成果物について瑕疵担保ともとれる責任を負わされる危険があるのだ。
こうした実態が明らかになると、受注企業は、偽装請負を行ったとして1年以下の懲役か100万円以下の罰金を受ける場合がある。こうした刑罰以上に、会社としての信用も地に落ちることになるので、よくよく注意されたい。
参考リンク:労働者派遣・請負を適正に行うためのガイド(厚生労働省)
偽装請負チェックリスト
最後に、システム開発の現場で「偽装請負」に当たると考えられる行為をまとめてみた。参考にしていただければ幸いである。
請負の場合
* 発注側担当者が受注側メンバーに対して直接、指揮命令を行う
* 発注側担当者が受注側メンバーに対して作業時間の指示や管理を行う
* 発注側担当者が受注側メンバーに対して時間外労働を指示する
* 発注側担当者が受注側メンバーの評価を行い、それに応じた価格変更を行う
* 発注側担当者が受注側メンバーに対して契約上定められていない服務上の規律に関する事項についての指示、その他の管理を自ら行う
* 発注側担当者が受注側メンバーの役割分担や責任、配置について指示する
* 発注側担当者が請負の対象外となる作業を受注側メンバーに命じる
派遣の場合
* 成果物の責任を負わされる
SESの場合
* 発注側担当者が受注側メンバーに対して直接、指揮・命令を行う
* 発注側担当者が受注側メンバーに対して作業時間の指示や管理を行う
* 発注側担当者が受注側メンバーに対して時間外労働を指示する
* 発注側担当者が受注側メンバーの評価を行い、それに応じた価格変更を行う
* 発注側担当者が受注側メンバーに対して契約上定められていない服務上の規律に関する事項についての指示、その他の管理を自ら行う
* 発注側担当者が受注側メンバーの役割分担や責任、配置について指示する
* 成果物の責任を負わされる
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