モバイル広告では、静止画像を張り付けたバナー広告などが一般的。だが、iAdは動画を見せたりゲームで遊んでもらったりするうちに、広告対象となる商品やサービスを深く理解をしてもらう。その上で、アプリのダウンロードやWebサイトへ誘導することで広告効果を高めることを狙っている。
例えば、レッドブル・ジャパンが昨年10月に、自社開催のカートレースを告知するためiAdで配信した広告では、レースの動画を見たり、iPhone本体を振ることでオリジナルのカートを作ったりできる、というものだった。
先進的といえば先進的。しかし、いかんせん広告料金が高すぎる。関係者によれば、「まず、米国で最低出稿金額を50万ドルに下げて広告主が出稿しやすくした。それに倣って(日本を含む)全世界でも同様の販売方法を取っていると聞いている」。iAd担当の責任者も変えた。米アドビシステムズの元幹部で、ネット広告関連企業の買収などに携わったトッド・テレジ氏を招聘したことを、米ブルームバーグなどが報じている。
「iTunes」では累計150億以上の楽曲がダウンロードされており、「App Store」では累計180億を超えるアプリがダウンロードされている。「iPhone 4S」は発売から3日で400万台以上が売れた。何もかもが順調そうに見えるアップルが、そうまでして広告事業に熱を入れるのは、単に広告収入を稼ぎたいからではない。
米グーグル率いる「Android」陣営とのシェア争いのカギを握るのが、まさにこのiAdの成否にかかっているからだ。iAdの行方を追うことは、iPhone対Androidの今後を占うこととほぼ同義である。その雌雄が、スマートフォンというマーケティングプラットフォームの将来を明示することにもなる。
狙いはアプリ開発者の囲い込み
アップルにとって"傍流"とも思える広告事業が実は極めて重要な理由は、スマートフォンビジネスの本質を改めて考えることで見えてくる。スマートフォンの魅力は、端末機器の操作性以上にゲームやツールなど豊富なアプリケーションを利用できることだ。つまりアップルとグーグル、どちらの陣営がどれだけ多くの有能なアプリ開発者を抱え込めるかがカギとなる。もちろんアップルはそこに気付いている。だからこそiAdに注力する。
スマートフォンアプリの開発者が収益を上げる方法は大きく分けて3つある。有料アプリを販売する。アプリ上でコンテンツを販売する。アプリに広告を掲載して収入を得る。このいずれかだ。
アップルはiTunesやApp Storeの成功から見られるように、デジタルコンテンツを有料で買うのに慣れたユーザーを多く抱える点で強みを持つ。一方で広告という面では、グーグルはそれが中核事業だけに、抱える広告掲載メディアのネットワーク規模、広告配信技術の両面で優位性がある。
デジタルマーケティング市場調査会社の米イーマーケッターは、2012年の米国モバイル広告市場規模は前の年と比べて47%増の18億200万ドル(1387億円)に達し、2015年には43億9600万ドル(3385億円)に成長すると予測する。アプリ開発者が収入を得る上で、広告の存在感は高まるばかりだ。
市場拡大に伴ってアプリ開発者が効率的に広告収入を得られるプラットフォームになびくのは当然の流れだ。広告配信サービス「AdWords」で築いた盤石な広告事業基盤を持つグーグルは、端末分野でもAndroidを端末メーカーに無償提供するオープン戦略で急速にシェアを拡大している。
広告サービスの経験が乏しい上に、1社による垂直統合型で事業を進めてきたアップルは分が悪い。そこで投入したのがiAdだ。豊かな表現力を持つ広告商品を開発し、アップルというブランド力も生かして高額な広告モデルを築く。少ない広告表示回数やクリック数でもグーグル以上の広告収入をアプリ開発者に還元する。それによって、有能なアプリ開発者をつなぎとめる。
iAdを導入すれば儲かる。そうアプリ開発者に思ってもらえなければグーグルとの競争に勝てない。アップル共同創業者のスティーブ・ジョブズ氏は生前、iAdの担当者に「iPhoneアプリの開発者に(広告費の)売り上げを還元しろ」と檄を飛ばしたのは、こうした理由からだろう。アプリ開発者に入る広告収入は、クリック単価で比べれば、グーグルより桁違いに高くなっている。
グーグルも手をこまねいているわけではない。2011年度に前年比2.5倍の25億ドル(1925億円)を見込む同社の全世界のモバイル広告売上高の伸びを支えた、広告配信先のネットワーク規模と配信技術をアプリ広告にも適用し、アップルを迎え撃つ。
アプリ利用者に"リマーケティング"
その1つが、広告主のサイトを訪問した経験がある人に広告を配信する「リマーケティング」と呼ばれる手法のスマートフォンへの適用だ。グーグルはAdWordsで実績ある効果の高い広告手法をアプリにも対応させる。
例えば、EC(電子商取引)サイトが提供するアプリで家具を閲覧したものの購入に至らなかった人が、グーグルのスマートフォン向けアドネットワークを導入しているサイトやアプリにアクセスした時、先のECサイトにあった家具の広告を表示するといった具合だ。「現時点ではβ版として、一部の広告主に提供を始めている」(モバイル広告営業部香村竜一郎統括部長)。
ユーザーにとって興味の高い広告を掲載してクリック率を高める。「技術革新によって、精度の高いターゲティングをする。そしてHTML5への対応で広告をリッチにしていく」と香村氏。それによって広告主の満足度を高めて、開発者に収益を還元する戦略だ。
国内では昨年8月のiAd開始以降、トヨタ自動車やキリンビールなど、毎月どこかの広告が配信されてきたが、12月以降ぱったり途絶えたとの指摘もある。これと、iAdの広告料値下げの動きは無縁ではなさそうだ。次世代機となる「iPhone5」の発売時期など、新端末の動向に目を奪われがちだが、長い目で見れば広告市場での勝敗がアップルの命運を握る。そんな視点が肝要ではなかろうか。