1989年、京都大学工学部数理工学科卒業。1991年、京都大学大学院工学研究科応用システム科学専攻修了。1991年、大阪ガス入社。1998年、米国ローレンスバークレー国立研究所にてデータ分析に従事。2005年、大阪大学にて博士号(工学)を取得。2013年、日経情報ストラテジーが選出する「データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー」を受賞(初代受賞者)。2014年、神戸大学で博士号(経済学)を取得。2015年、大阪大学招聘教授を兼任。著書に「会社を変える分析の力」(講談社現代新書)、「最強のデータ分析組織 なぜ大阪ガスは成功したのか」(日経BP社)がある。
データ分析専門組織の運営は完全な独立採算制
——まずは河本さんが率いる大阪ガスのビジネスアナリシスセンターについて、ご紹介をいただけますか。
河本 ビジネスアナリシスセンターはデータ分析の専門組織で、位置づけとしてはIT部門(情報通信部)の内部組織となります。私を含めた9名のメンバーで、年間30近いプロジェクトを手掛けています。最大の特徴は独立採算制で活動していることです。
——所属するIT部門の予算で動いているわけではないのですか。
河本 はい。予算はまったくのゼロ。自分たちの人件費さえ確保されていません。
——冒頭から衝撃的なお話が飛び出しましたね。企業内のデータ分析組織ということで、多くの企業の間接部門と同じように計画的な予算の中で活動しているのだろうという先入観をもっていました。では、自分たちの"食い扶持"は自ら稼いでいるのですか。
河本 そうです。大阪ガスのすべての組織や関係会社が私たちにとってのお客様であり、たとえば営業部門が顧客ターゲットの絞り込みで困っている場合、私たちが「単価〇〇円×〇人月の費用で、こんな分析をしてみませんか」と提案します。交渉が成立すればプロジェクトがスタートしますし、立ち消えになることもあります。
——なぜそのような独立採算制をとっているのでしょうか。
河本 そのデータ分析を本当に行う価値があるかどうか、判断するのは非常に難しいですよね。あとから効果を測定することさえ困難なのに、事前に効果を定量的に評価するなどまさに至難の業です。では、だれがその判断を下して責任を取るかというと、データ分析の結果を必要としている当事者である事業部にほかなりません。データ分析は「なんとなく」やっても意味のある結果は得られず、事業部側とデータ分析専門組織のシビアな関係性を維持するためにも、大阪ガスではあえて独立採算制をとっています。
——ビジネスアナリシスセンターを牽引していくお立場として、苦労するのはどんなところですか。
河本 データ分析専門組織というと、たとえば保険会社のアクチュアリーチーム、製薬会社の臨床データ管理チーム、あるいは自治体の統計課などをまず思い浮かべるのではないでしょうか。ところが大阪ガスをはじめとする一般企業のデータ分析専門組織は、それとはかなり内実が違っています。
——具体的にどんな違いがあるのですか。
河本 保険会社のアクチュアリーチームや製薬会社の臨床データ管理チームは、それぞれの企業のビジネスにとって必然性があり、専門性も持っており、おのずと他の部門との分業が成り立っていると思います。
ところが大阪ガスのような一般企業にとってデータ分析専門組織は、仮に今日なくなったとしても当面困ることはありません。統計解析や機械学習といった分析手法の専門性だけで存在意義を発揮できるわけでもありません。すなわち企業にとって、必要不可欠な組織ではないのです。組織間の役割区分も明確ではなく、実際に私たちは各事業部と一体となってプロジェクトにあたっています。このような必然性を示すことが難しい組織をマネージメントしていくのはやはり大変です。
問題を「解く」ことだけが分析者の仕事ではない
——さまざまな課題も抱える中でビジネスアナリシスセンターが価値を発揮し、存在感を高めていくために、どんなことを目指して心掛けているのでしょうか。
河本 端的に言えば、事業部の信頼を勝ち取ることです。ビジネスアナリシスセンターでは自らのミッションを「企業の全組織、全業務、全サービスにおいてデータ分析の活用機会を発掘し、分析力で新たな価値を創造する」と定めています。ここで示す新たな価値とは何かというと「データ分析で終わらず、業務改革まで担う」ことで、そこに貢献してこそ事業部の信頼を得られると考えています。
——データ分析専門組織と言いつつ、事業部に提供すべき本来の価値はデータ分析のその先にあるというわけですね。
河本 はい。これは私自身の経験でもあるのですが、往々にして分析者は与えられた問題を「解く」ことが自分の仕事と思いがちです。ところが現実には、事業部門から「このデータを分析してほしい」と直球で依頼されるような案件は、実際には解決すべきビジネス課題が何なのかも十分に煮詰め切れていないケースが少なくありません。目的が明確でないのに、求められるままに分析を行っても効果は得られません。
特に大阪ガスのような一般企業のデータ分析専門組織のメンバーは、単に問題を解くだけの「バックオフィス型分析者」であってはなりません。ビジネスの課題がどこにあるのかを「見つける力」、そこから明らかになった分析問題の「解き方を考える力」、そして得られた知見や知識を依頼者である事業部門の意思決定につないでいく「使わせる力」、この3つの力を兼ね備えた「フォワード型分析者」でなければならないと考えています。
——なるほど。先に挙げていただいた保険会社のアクチュアリーチームや製薬会社の臨床データ管理チームのようにビジネスの生い立ちから自然な流れで分業が成り立っている組織とは違い、一般企業のデータ分析専門組織はある意味で「解く」ことへのこだわりを捨てる必要があるのかもしれませんね。
河本 実際、ビジネスアナリシスセンターでもメンバーの活動時間の大半が「解く」で費やされていました。内訳を詳しく調べてみると、独創的な分析を行っている時間は全体の活動時間の3分の1くらいしかありませんでした。残りの大半の時間が、過去にも似たような問題を解いたことのある定型的な分析、あるいは後で振り返ればやる必要のなかった無意味な分析などに費やされていたのです。このように「解く」ことにばかり時間を重ねていたのでは、「見つける」「使わせる」といったところで力を発揮することができません。
——課題を"持ち帰る"という姿勢で臨むと、どうしてもある程度まとまった結果を返さなければならないと意識が働き、「解く」ことのみに向いてしまいます。そうではなく依頼者と頻繁なやりとりを繰り返しながら分析を進めていくことが重要なのでしょうね。
河本 そのとおりです。プロジェクトの最初の段階から依頼者の意図を完全に理解できるわけではなく、課題に対する勘違いもしばしば起こります。おっしゃるようなアジャイルな姿勢で常に依頼者とやりとりを行っていかないと、あとで壮絶な手戻りが発生することになってしまいます。これは事業部側にとっても私たちにとっても不幸なことです。
定型的な分析はアウトソーシングする
——問題を「解く」ことへの偏重をなくし、ひいてはデータ分析の手戻りを減らすために、どんな施策を打っているのですか。
河本 繰り返しますが、ビジネスアナリシスセンターにとって最も重要なのは分析ではなくビジネスであり、そのコアは「見つける」+「解き方を考える」+「使わせる」であるという価値観をメンバー全員で共有し、徹底する必要があります。そこで、過去にやったことがあり定型化できるデータ分析はアウトソーシングするという方針をとっています。
——アウトソーシングのパートナー探しにも苦労されたのではないですか。
河本 そこは大阪ガスの幸運ともいえるところで、オージス総研という優れた技術力をもつIT子会社があるのです。グループ企業ということもあって顧客データの共有なども比較的やりやすく、データ分析のアウトソーシングではこれ以上ないパートナーです。
——オージス総研には具体的にどんな形で業務を委託しているのですか。
河本 毎年1〜2名の人材に出向してもらっています。おかげで社内メンバーは独創的な分析に専念するとともに、「見つける」「使わせる」といった部分により多くの時間を割けるようになり、活動全体のバランスはかなり良くなったと思います。
また、オージス総研からの出向者にもさまざまなプロジェクトを通じて、IBM SPSSを活用したデータ分析の方法論をしっかり学んでもらいます。オージス総研に帰ってからもビジネスアナリシスセンターでの経験から得たノウハウを活かし、外販のお客様に向けてデータ分析ソリューションをワンストップで提供していく担い手になります。
——今後、ビジネスアナリシスセンターをフォワード型分析者集団としてさらに発展させていくためには、どんな取り組みが必要ですか。
河本 私たちは基本的に縁の下の力持ちですが、ずっと縁の下にいるだけではだれからも評価されません。そこで積極的に講演会を行ったり、メディアに出たり、ビジネスアナリシスセンターの知名度を外部から高めることにも意識して取り組んでいます。
もうひとつメンバーのモチベーションを高めるために重要なことは、一人ひとりの幸せを勝ち取ることだと考えています。メンバーの大半は理系の大学院を卒業した人たちですが、専門は化学や電気、環境、資源などバラバラで、統計学などまったく学んでいない人もいます。実のところ「アナリストやデータサイエンティストになりたい」と望んでビジネスアナリシスセンターに配属されてきたわけではないのです。そんな彼らだからこそずっと縁の下に置かれたのでは報われません。そこで「成長の道を示す」「成長できる仕事をアサインする」、そして個人のブランド価値を高めるなど「サラリーマンとして幸せにする」ことを目指しています。また、メンバーの「やりたいこと」「やるべきこと」「やれること」を増やして、組織としてのフロンティアを広げられるように努力しています。新入社員に「自分もビジネスアナリシスセンターに配属されたい」と思ってもらえる憧れの組織になることが、さらなる発展の条件と考えています。
——では、これから入ってくる若手社員をどのように育成していきますか。
河本 その答えは現在も今後も変わらず明確で、崖から落として育てます(笑)。あえて困難なプロジェクトを一気通貫で任せるのです。「その数字に責任を取れるか?」「その数字から何が分かったか?」「意思決定にどのように使えるか?」「ビジネスにどれほど役立ったか?」という4つの問いを常に突き付け、規律を守らせます。もちろん分析結果をビジネス現場で使ってくれたなど、成果を上げた際には正しくほめてモチベーションを高めます。そうした中で現場の知恵や責任の重さに対する敬意を払い、「知らないこと」を聞き続ける謙虚さを学ぶとともに、主張すべきことは主張する媚びない姿勢を身に付けてほしいと思います。
——本日のお話を伺って、�ビジネスアナリシスセンターにとって、データ分析は問題を解く「手段」であって、目的ではなく、データ分析で得られた知見をビジネスの現場で役立てて業務改革を実現することで価値が生まれること、�定型的な分析は外部に委託したり、自動化することで、ビジネスアナリシスセンターのメンバーが「見つける」「使わせる」のステップに集中できる環境を整えること、�分析組織のリーダーとして、常にメンバーのモチベーションを維持するための働きかけを続けることで、組織としての分析力を高めること、という企業内のデータ分析専門組織が担っていくべきミッションと意義を非常によく理解できました。本日は貴重なお話をありがとうございました。
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