富士通株式会社は23日、「デジタルアニーラ」に関する技術説明会を開催した。デジタルアニーラは量子現象に着想を得てイジング模型を解くことに特化したデジタル回路で、組み合わせ最適化問題を高速に解くことができるハードウェア。あくまで従来型コンピュータの技術を使ったもので、量子コンピュータではない。だが、新しいアーキテクチャのコンピュータであり、規模・結合数・精度のバランスと安定動作で実社会の問題に適用できるものだとしている。
解説したのは富士通株式会社 AI基盤事業本部 本部長代理(4月以降はAIサービス事業本部本部長)の東圭三氏と、株式会社富士通研究所コンピュータシステム研究所次世代コンピュータシステムプロジェクト主任研究員の竹本一矢氏。
東氏は最初に「毎週のようにアニーリング技術、量子コンピュータ技術に関する発表が行なわれている」と紹介し、各社による量子ゲート方式やアニーリングマシンによる発表をざっと振り返った。富士通は2017年11月に量子コンピュータのアプリ開発で、Accenture、Allianzと共同で1Qbit(1QB Information Technologies Inc.)に出資している。
脳型や量子コンピュータなど新しいコンピュータアーキテクチャが模索されている背景には、ムーアの法則と微細化の限界が想定されていることがある。デジタルアニーラはその1つで、既存のデジタル回路技術を使って量子コンピューティングマシンのような振る舞いを模擬することで、組み合わせ最適化問題など従来型アプローチでは難しい問題を解こうという試みだ。
デジタル回路で量子過程の利点を活かす発想
量子コンピューティングには「量子ゲート方式(量子回路方式)」と「イジングマシン方式」の2種類がある。量子ゲート方式はIBMやGoogleなどが研究開発中で、暗号解読などへの適用が期待されている。後者のうちアニーリング方式の量子コンピュータとしてはいち早く商用化したD-waveのサービスが有名だ。
いっぽう、富士通のデジタルアニーラは「量子ではなく従来のデジタル回路でアニーリングマシンがやっていることを実現したもの」(東氏)。産業界への適用が進んでいるのはアニーリング方式だとし、量子ゲート方式のコンピュータが実産業、企業に適用されるには、まだまだ時間がかかるとの見方を示した。
アニーリングとは「焼きなまし」のことだ。材料をゆっくり冷却する過程で、内部のひずみが取り除かれ、安定した状態に落ち着いていく過程のことだ。時間はかかるが最終的にはエネルギー的に安定な状態に落ち着く。アニーリングアプローチはその物理過程をコンピューティングに活用しようとしている。
たとえば従来手法でパズルを解こうと思ったら総当たりでやっていたのに対し、アニーリングは、それとは違い、確率探索を行ない、コスト関数の評価値が最小あるいは最大にする方式で問題を解く。
本物の量子コンピュータは量子ビットを用いて、1と0の重ね合わせを表現する。デジタルアニーラはデジタル回路なので、1と0の状態を重ね合わせで表現することはできない。そこで、乱数発生器を使って1と0の揺らぎのような状態を表現する。
また最適解ではないがコスト関数がある程度低いところに落ち着きそうになっても、ある確率で高いところへの移動も許すような仕組みをアーキテクチャに組み込んでいる。こういった工夫によって、デジタル回路を用いながらも、量子過程ならではの並列化や高速化の仕組みを実現しているところが特徴だ。
なおこれらはあくまで厳密な制御によって成り立っている。とにかくイジング模型のかたちに問題を定式化できれば、デジタルアニーラで高速に解くことができる。
東氏は、四角い箱にピースを入れていくパズルにたとえて強みを解説した。通常のやり方では四角い箱にピースを逐次入れていき、ダメならまた全部やりなおす。いっぽうデジタルアニーラの場合は、パズルのピースを全部入れてしまい、揺らしながらだんだん落ち着かせ、納まるかたちを見つける。変なかたちに納まってしまったら、また大きく揺らしてやりなおす。本当の最適解は見つからないかもしれないが、近似解は見つかる。そういうやり方をとることで、とりあえず高速で答えを見つける場合に有用だと述べた。
量子コンピューティングについてさまざまなリサーチをしていくなかで、顧客目線で見ると、顧客は必ずしも量子コンピューティング自体を求めているのではなく、あくまで組み合わせ最適化問題を高速に解くこと自体を求めていることが多いことがわかり、このような発想のアーキテクチャが生まれたという。
用途は創薬、投資ポートフォリオ、物流、パーソナライズ広告など
組み合わせ最適化問題の代表例が、セールスマンが都市を訪問して巡回するときの最短ルートを見つける「巡回セールスマン問題」だ。5都市程度なら120通り程度なので簡単だが、20都市だと234京通り、30都市だと1京×1京通りと、総当たりだとスパコンでも8億年かかる。これがデジタルアニーラ、アニーリングアプローチだと最適に近いルートを1秒以内に見つけることができる。
具体的には、まず問題を0と1の状態をとる格子点からなるイジングモデルで表現する。丸と丸のあいだは都市間の距離を与える。各行、各列に1は1つだけの状態をとるように計算させる。
ほかにも組み合わせ最適化問題には、分子構造を比較しなければならない創薬、投資先を組み合わせる投資ポートフォリオ、物流、パーソナライズ広告などのアプリケーションがある。何をどう組み合わせて配分すればいいかという課題に用いることができる。
創薬においては、従来手法では高速化のために分子の部分的特徴を抽出して比較検索していたが、分子全体をまるごと検索できるという。たとえば新薬候補のスクリーニングなどに用いることができる。
金融については、Quantum-inspired hierarchical risk parity(QHRP)という方式があり、シャープレシオが60%向上したという。投資先の相関関係をグループ化して、ツリーを作成。安定して収益が上げられる組み合わせを選び出すことができる。1,000社程度の組み合わせを一気に選びだすことができるとのことだ。
倉庫物流に関しては、富士通の関連会社で、サーバーなど富士通の主力製品を製造している株式会社富士通ITプロダクツの倉庫で実際に使われている例を示した。ピックアップ手順の最短ルートを見出し、最大30%歩行距離を縮め、また3,000種類の部品間の相関関係を見出し、レイアウトを最適化すると、月あたりの移動距離を45%短縮することができた。
人員配置(シフト)の最適化にも用いることができる。モデルケースで試算すると、作業員5名分の工数を確保することができた。たとえば「AさんとBさんは一緒にならないように」といった人間関係を配慮した例外的な処理を入れたりするようなケースでも、デジタルアニーラは力を発揮するという。
富士通デジタルアニーラの優位性
東氏は「富士通デジタルアニーラは1,024bit規模でビット間全結合。ビット間結合精度は65,536階調。デジタル回路なので常温で動作可能、2018年度には規模、精度ともに拡張予定で、デジタル回路なので拡張は比較的容易だ」と実社会で適用するうえでの優位性をアピールした。制約が少ないためアプリケーションが組んだ問題をそのまま適用することもでき、他社の量子コンピューティング技術に比べても現実的な問題を解くには強みがあるという見方を示した。
たとえば巡回セールスマン問題、ナップザック問題、数独など、それぞれ2次元、1次元、3次元にマッピングして解いていく問題であっても、ビット数が何ビットあるか、お互いにビットがつながっているか、結合精度などが、実問題に適用する上では重要であり、「大きな実際の問題も解きやすい」という。
正式提供は2018年度春から
デジタルアニーラは正式提供開始は2018年度の春を予定。1QBitによるミドルウェアと組み合わせたかたちで、クラウドサービスとして提供される。演算させるために諸問題をイジングモデルに定式化する部分が1QBitのミドルウェアの役割。利用金額は公開されなかったが、金額にも十分見合うものだという。現時点で一番引き合いが多いのは新素材と創薬。ついで金融系とのこと。
また経済産業省の「未踏プロジェクト」の、2018年度からはじまる次世代計算機をテーマにした「未踏ターゲット」では、アニーリングマシンを活用する人材を育成しようとしている。富士通はそこに参画し、開発環境としてデジタルアニーラを提供する。カナダのトロント大学にも新しい研究拠点を開設し、スマート交通、ネットワーク、医療、金融と4つの共同研究を進める。
富士通はデジタルアニーラ、スパコン京などのHPC、ディープラーニング向けの専用プロセッサ「DLU」の3つで顧客の事業拡大に貢献していきたいと述べた。この3つはハードウェア的には川崎工場の一角で固まって開発されており、知見、人材、ノウハウなどが互いにシェアされて、一緒になってハードウェアを開発しているという。ただ、ソフトウェア的にはまだまだ融合していないが、東氏は「今後、融合、相互利用が期待できる。われわれもそこに注力していきたい」と語った。
今後のビジネスについては、顧客の問題のなかに「イジング模型に適用可能な領域が見つかりはじめている」と述べた。ただし「顧客の課題から組み合わせ最適化問題を抽出するところが一番難しい」が、「それをうまく引き出せれば、あとは数式かできるエンジニアがいる。チューニングして、デジタルアニーラに投げるためのノウハウは蓄積しはじめているので、そこはカバーできる」と自信を見せた。
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