2017年2月1日水曜日

米Googleが深層学習専用プロセッサ「TPU」公表、「性能はGPUの10倍」と主張

 「ディープラーニング(深層学習)専用プロセッサ『Tensor Processing Unit(TPU)』を開発し、1年前から使用している」——。米GoogleのSundar Pichai CEO(最高経営責任者)は2016年5月18日、開発者会議「Google I/O 2016」の基調講演で、同社の人工知能(AI)の知られざる秘密を明らかにした。

 TPUはディープラーニングのために開発したASIC(Application Specific Integrated Circuit、特定用途向けIC)で、GPU(Graphic Processing Unit)やFPGA(Field Programmable Gate Array)といったディープラーニングの処理に使用する他の技術と比較して「消費電力当たりの性能は10倍」(Pichai CEO)だという。

 同社は2014年からTPUの開発を始め、2015年春から利用を開始。韓国のプロ棋士イ・セドル氏に勝利した囲碁AIの「AlphaGo(アルファ碁)」も、TPUを使用していたという。Googleが2016年3月にサービスを開始した機械学習のクラウドサービス「Google Cloud Machine Learning」にもTPUが使われている。

 TPUはGoogleが2015年11月にオープンソースソフトウエア(OSS)として公開した機械学習ソフトの「TensorFlow」に対応する。TensorFlowは機械学習の機能を組み込んだアプリケーションを開発するための「ライブラリ」で、従来はCPUとGPUに対応していた。CPUやGPU、TPUなどプロセッサの違いはTensorFlowが吸収するため、TensorFlowを使う開発者はそれらの違いを意識せずにアプリケーションを開発できる。

ムーアの法則終了が開発の動機

 これまで、ディープラーニングの処理には市販のCPUやGPUを使用するのが一般的で、米Microsoftなどごく一部の企業が、ディープラーニングの処理にFPGAを使用し始めているという状況だった。Googleのようにディープラーニングの処理のためだけにプロセッサを開発するのは極めて珍しい。

 しかもGoogleは、米IBMや米Intelのような伝統的なプロセッサメーカーではなく、ソフトやクラウドサービスの会社である。そんなGoogleが専用プロセッサを開発したのはなぜか。GoogleでITインフラ技術開発を統括するUrs Holzle氏は「(集積回路上のトランジスター数が1年半〜2年ごとに2倍になるという)ムーアの法則が終了し、ソフトの進化にハードの進化が追いつかなくなってきたことがその理由だ」と語る。

 ムーアの法則が有効だった時代は、CPUの性能もそれに従って向上しており、全てのソフトがハードの進化の恩恵を受けていた。今後はCPUの性能向上が見込めないので「プロセッサをソフトに特化させていく必要がある」(Holzle氏)。TPUはGoogleの社内エンジニアが開発した、完全に同社独自のプロセッサであり、社外に販売する予定は無い。

 Holzle氏は本誌の取材に対して「TPUは(これまでのCPUなどと同じ)ノイマン型アーキテクチャだ」と説明する。現在はIBMなどが、ニューロン(脳神経細胞)の働きを模した「ニューロシナプティック・コンピュータ・チップ」などの非ノイマン型アーキテクチャのプロセッサの研究開発も進めているが、「TPUは脳型プロセッサのようなものではない」(Holzle氏)。

浮動小数点数の計算の精度を抑えた設計

 同社によればTPUの消費電力当たりの性能がGPUなどに比べて高いのは、浮動小数点演算の精度を抑えることで、計算に必要となるトランジスターを減らしているからだとしている。ディープラーニング用のプロセッサで浮動小数点演算の精度を抑えるアプローチは、GPU大手の米NVIDIAも、2016年4月に発表した新GPU「Tesla P100」で採用している(関連記事:米NVIDIAが深層学習用スパコン「DGX-1」、1台1400万円で170テラFlops)。

 TPUを搭載したボードは、Googleがデータセンターで使用するサーバーのハードディスクのスロットに収まるサイズ。Googleは既にTPUを搭載するサーバーをデータセンターで稼働しており、Google検索のアルゴリズムである「RankBrain」や「ストリートビュー」、AlphaGoなどでのディープラーニングの処理に利用中だ。TPUに関するこれら以外の技術的な詳細は、2016年秋に公開する研究論文で明らかにするとしている。

 年次開発者会議であるGoogle I/O 2016における同社のメッセージは、AI一色だった。実はGoogleが今回発表した製品やサービスは競合他社の「後追い」ばかりだったのだが、競合他社よりも優れたAIを実装することで、同社の製品が優位に立てるという主張ばかりだったのである。

 例えば音声アシスタント機能を備えるスピーカーの「Google Home」は、「Amazon Echo」の後追い、メッセンジャーアプリの「Allo」やビデオチャットアプリの「Duo」は、米Facebookの「Facebookメッセンジャー」や「WhatsApp」、日本で言えば「LINE」の後追い、スマホと組み合わせて利用するVR(Virtual Reality)端末の「Daydream」はFacebookの「Oculus VR」の後追いといったところになる。

 しかしGoogleのPichai CEOは、あからさまな後追いサービスを発表しながらも、「AIによって既存の領域に、全く新しい能力をもたらすことができる」と自信を見せる。例えばメッセンジャーアプリのAlloであれば、友人から送られてきたメッセージへの返事をAIがユーザーに代わって考えてくれる。

 基調講演では、相手が写真を送ってきたら、画像認識機能によって被写体を犬だと特定し「Cute Dog!」「Aww!」「Nice bernese mountain dog」といった返事の候補をAIが提案するというデモを披露した。

 Google I/Oで印象的だったのは、同社が持つAIに対する自信だ。自信の根拠には、専用ソフトだけでなく専用プロセッサの存在もあった。製品やサービスのアイデアで先行するFacebookやAmazonと、技術力で逆転を狙おうとするGoogleの激しい戦いが始まりそうだ。

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