人工知能(AI)は新たな電気のようなものだ——。深層学習(ディープラーニング)の第一人者であるアンドリュー・ウン氏はそう指摘する。今から1世紀ほど前に電気があらゆる主要産業に変革をもたらしたのと同様に、AIは世界を大きく揺るがすテクノロジーとなるだろう。ただしそれはまだ先の話だ。
ウン氏によれば、今のところAIが創出する経済価値の99%は「教師あり学習」によるものだという。教師あり学習のアルゴリズムは人間を教師とし、膨大な量のデータを学習しなければならない。骨は折れるが、高い成果を挙げることが実証された方法だ。
例えばAIアルゴリズムは今では、猫の画像を猫と判断できる。だが、そのためには「猫」とラベル付けされた何千枚もの画像を見せ、「猫とはどのようなものか」を学習させる必要があった。人の発言内容を理解できるAIアルゴリズムについても同様だ。主要な音声認識システムはいずれも完成までに5万時間分もの音声データとその書き起こしデータの学習を必要とした。
ウン氏は、現状のAIにとって競争上の差別化要因となり得るのはアルゴリズムではなくデータだと考える。トレーニングを受ければ、アルゴリズムは模倣することができるからだ。
ウン氏は最近『MIT Technology Review』が開催したカンファレンス「EmTech」で次のように語った。「オープンソースのアルゴリズムが大量に存在し、情報はすぐに広まる。大半の企業にとって、他社がどのようなアルゴリズムを使っているかを知るのはそれほど難しいことではない」。AI業界の権威として知られるウン氏は現在、スタンフォード大学のコンピュータサイエンス学部で非常勤教授を務めている。
ウン氏はプレゼンテーションにおいてAI時代の現状について説明した後、今後AIを活用する企業が共通して備えることになるであろう4つの特徴を紹介した。職務内容の変化はそのうちの1つだ。
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真の知能への道筋
正のフィードバックループ
今のAI時代において、データは極めて重大だ。ただし企業はGoogleやFacebookのようにならなくてもAIのメリットを享受できる。必要なのは、ひとまずプロジェクトを立ち上げるのに必要なデータを確保することだけだ。そうした始動用データを用いていったん顧客を獲得すれば、次は顧客がその製品向けのデータを生み出すという好循環が生まれる。
「こうして正のフィードバックループが形成される。しばらくすれば、事業継続に必要十分な量のデータをおのずと確保できるようになるはずだ」とウン氏は語る。
ウン氏のスタンフォード大学の教え子たちはまさにこの手法を用いて、テクノロジーで農業を変革するAgTech分野のスタートアップ企業Blue River Technologyを立ち上げた。Blue River Technologyはコンピュータビジョンとロボット工学と機会学習を組み合わせて農場管理に役立てることを目指している。共同創業者たちはまずレタス事業から着手すべく、レタスの画像を大量に撮影して十分なデータ量を確保し、レタス生産者の支持を取り付けることに成功した。「恐らく現在、彼ら以外にこれほど多くのレタス画像を保有している企業は、世界中のどこにもいないだろう」とウン氏は語る。
実際こうした大量のデータが彼らのビジネスを極めて有望なものにしている。「私の知る限り、世界的な大手IT企業でもこれほど大量には特定分野のデータを保有していない。たとえ大手IT企業であっても、Blue River Technologyの事業分野に参入するのは結構な挑戦となるだろう」とウン氏は語る。
2017年9月には農業機械メーカーのJohn Deereが同社を3億ドルで買収し、こうしたデータ資産には数億ドルの価値があることが実際に証明された。
「データ集積は、AIと深層学習の時代にあって、企業戦略が今後どのような方向に変化していくかを示す一例といえる」とウン氏は語る。
AI企業に共通する4つの習慣
この先どのようなAI企業が成功するかを予想するのは時期尚早だ。ウン氏は、これまでに企業のビジネスの在り方を大きく変えた要因の1つとしてインターネットを引き合いに出し、説明を続ける。
ウン氏がインターネット時代の到来から学んだ教訓の1つに、「企業はWebサイトを持つだけでインターネット企業になれるわけではない」というものがあるという。同氏によれば、同じことがAI企業にも当てはまる。
「深層学習や機械学習やニューラルネットワークを追加しただけで、従来のテクノロジー企業がAI企業になれるわけではない」とウン氏は語る。
インターネット企業と呼べるのは、A/Bテストや短いサイクルでの商品開発、エンジニアやプロダクトマネジャーなど現場レベルでの意思決定など、インターネットならではの特徴を生かしている企業だけだ。
AI企業にも同じことがいえる。AIを活用してこそ、AI企業だ。ただしAI企業にとって何がA/Bテストに匹敵するものとなるのかは、まだ定かではない。ウン氏はそう指摘した上で、今後AI企業が備えるであろう習慣として以下の4つを挙げた。
1. 戦略的なデータ収集
企業は収益化につながる重要なデータ源泉をどこかで確保しなければならない。これは企業にとって複数年にわたりチェスをプレーするような戦略的で複雑な作業だ、とウン氏は語る。ウン氏が新製品の開発を決断するときは、「持続可能なビジネスの構築につながるデータを収集するめどが立つかどうか」が判断基準の1つになるという。
2. 統合データウェアハウス
企業の最高情報責任者(CIO)にとって、これは驚くに当たらないことだろう。CIOは長らく、集中管理型データウェアハウスの重要性を認識している。ただし複数のソースからデータを組み合わせて活用する必要があるAI企業にとって、データサイロとその背後にある官僚主義はAIプロジェクトの命取りになりかねない。企業はデータウェアハウスの統合に今すぐ取り組むべきだ。「多くの場合、企業はこの取り組みに複数年を要する」とウン氏は語る。
3. 職務内容の変化
チャットbotのようなAI製品の概要を説明するのと、アプリケーションの概要を説明するのとでは、勝手が違う。そのためプロダクトマネジャーはこれまでとは異なる方法でエンジニアとコミュニケーションを図る必要がある。実際、ウン氏は現在、プロダクトマネジャーに対し、エンジニアに明確な製品仕様を伝えるための訓練を施しているという。
4. 組織横断型のAIチーム
AIのスキルを持つ人材はまだ少ない。そのため企業はまず社内の全事業部門を支援するAIチームを結成するといい。「モバイル技術が台頭した際も同じ状況だった。2011年ごろはまだどの企業もモバイルエンジニアを十分に確保することができずにいた」とウン氏は語る。スキルを持つ人材の数が需要に追い付いた後、企業は個々の事業部門にモバイル担当者を配置するようになった。「AI分野でも恐らく同じような展開になるだろう」とウン氏は語る。
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