2018年10月9日火曜日

「開発の丸投げやめて」 疲弊するAIベンダーの静かな怒りと、依頼主に“最低限”望むこと

 「AI(人工知能)は触ったことないし、プログラムも書けません。でも社長が"AIをやれ"って言うので何とかしてください」——こんな困ったオジサンたちを、ユーモアたっぷりの愛と皮肉で表現する人物をご存じでしょうか。

 その名は「マスクド・アナライズ」さん。正体は一切不明でソーシャル上のアイコンは覆面マスクと、一見イロモノ系アカウントに見えますが、Twitterでの発言は多くの人たちから「あるある」「共感する」と絶賛され、ときには何千回、何万回とRTやいいねされています。

 それもそのはず。普段の仕事では「AIを作ってほしいという相談から、導入後の改善まで請け負い、お客さまに合わせてAI開発、データ分析、IoT導入と結構幅広くやっている」とのこと。発言に信ぴょう性や具体性があって当然です。

 冒頭のようなむちゃぶりをしてくるオジサンに向けて、痛いところを突いて地味にダメージを与えるような発言を続けるマスクドさん。「各方面からいろいろ言われますけど」と笑う一方で、言わなきゃいけないことを誰かが言わないといけないという使命感も持っているそうです。

 そんなマスクドさんに、現場の最前線に立ち続けるからこそ分かるAI開発現場のリアルな現状をざっくばらんに語っていただきました。その覆面を通し、AI開発の今をどのように見ているのでしょうか。

「AI開発には時間も金もかかる」と分かり、急速にAIブームが覚めている説
 今ではさまざまな企業がAIをビジネスに活用しようと動いていますが、AIブームはまだ過熱しているのでしょうか。

 「AIブームは一時期すごく過熱しましたが、2018年の春ぐらいには落ち着きました。会社で突然偉い人からAI導入を指示されたものの、何をどう取り組めばいいのか分からず、途方に暮れる担当者が弊社のようなAIベンチャーに電話してあれこれ相談してくることを、私は「いきなり!AI」と呼んでいます。そういう「いきなり!AI」は減ってきて、ある程度AIについて分かっている人や、既にAI導入に取り組んでいる人からの相談が増えています」(マスクドさん)

 そう語るマスクドさんは、5年ほど前からAI開発に携わっているそうです。当時、ディープラーニングを研究する東京大学・松尾豊さんの著書「人工知能は人間を超えるか」が大きな話題となり、AIブームが勃興していました。

 ところが、当時から大忙しというわけではなかったそうです。

 「13年ごろのAIは、自社でビッグデータを持つ大企業だけのものでした。16年〜17年ぐらいからブームが過熱し始め、業種・規模問わず"いきなり!AI"だらけになっていきます。恐らく大手のSIer(※)なら見積もりで数億円になってしまうから、小さいベンチャーなら安上がりと思って連絡しているのでは? って感じの人たちが非常に多かった。深くは突っ込みませんけど」と、マスクドさんは当時の苦い思い出を振り返ります。

※SIer…システムインテグレーションを行う業者。情報システム構築の際、企画・設計から開発、運用サポートなどを一括で請け負う

 では、なぜ「いきなり!AI」は減ってきたのでしょうか。

 「企業でAIを活用するには、時間もお金もかかるんです。単にツールを入れれば済む話でもない。SIerに何度も問い合わせるうちに、その辺の感覚が分かってきたのでしょう」

 AIを作るための現実をまざまざと見せつけられて撤退する企業が多い中、「17年ぐらいになると、AI開発を内製化する会社と外注する会社の二極化が始まった」とマスクドさんは指摘します。

 「デジタル広告やアプリゲームを作っている企業は、15年〜16年にはお問い合わせが減っていきました。内製化に舵を切ったのでしょう。一方で16年以降、製造業などこれまでデータ分析からは縁が遠かった企業の問い合わせが増えています」

 マスクドさんは「製造業との取引」もあり、その体験談をnote上でも発表されています(参考:「発掘!モノMONO大辞典!」)。

 製造業は日本の古き良きお家芸ですが、AIやデータとは縁遠いイメージも付きまといます。実際、マスクドさんは「製造業は保守的な所がある。前例主義でやっているので、導入事例や実績が大事にされ、社内のチームでうまくいったツールなら使う、といった具合です」と説明します。

 AI開発を内製化する企業と、外注する企業の二極化が進んでいるという話がありましたが、この「内製化」も怪しい所があります。

 「Kaggle(※)を推奨しています!」「Google I/O(※)にエンジニアを行かせています!」という意識も技術力も高い意欲的な企業がある一方で、Pythonを使える人材を無理やり集めて「弊社はAIができます!」と手を上げているSIer企業もいます。この二極化が進んでいるというのがマスクドさんの意見です。

※Kaggle…データ分析や機械学習のさまざまなコンペに参加できる米国発のプラットフォーム
※Google I/O…Googleが米国で毎年開催する開発者向け会議

 AI開発に携わりたいと考えている人は「意識も技術力も高い企業」に入社したいはずですが、どうすれば技術力の高さを見極められるのでしょうか。実際、内製化をうたっていても肝心のアルゴリズムは外注していて、エンジニアもよく分からないまま作業しているという例を聞いたことがあります。

 マスクドさんも「正直、そういう会社もあると思う」と主張します。

 「僕も同業他社の動向が気になるのでチェックするんですけど、本当に自社でやってるのか? と疑いたくなる会社が多い。しかし、見極めるのは難しい。外注する立場になって、ちゃんとAIを作れる企業に頼みたいと思ったとしても、正直どこを見れば良いか分からないです。もう、ほとんど運任せの状態になってます」

 結局、地道だけど人材の育成に取り組むしかないというのがマスクドさんの結論です。このような、AI開発の外注がほとんど運任せになっている様子を、ソーシャルゲームの「ガチャ」に例えたnote「社会人のための「AIガチャ」入門」は、ソーシャル上でかなり話題になりました。

 既にデータサイエンティストの育成が始まっている会社であれば問題ないでしょうが、ゼロから始めるベンチャー企業は「相当辛い」。なぜなら、データサイエンスについて正しく評価できる人も評価する方法もないからです。「中小企業だとデータや予算が限られるので、すぐ行き詰まってしまう」のが現実のようです。

 AI開発をめぐる「残念な状況」は、なぜ起こるのでしょうか。少し歴史をさかのぼると、ビッグデータ、DMP(※)、ERP(※)など、「全ての問題を解決する魔法の機械と、うまくいかないシステム導入」という歴史は常に繰り返されてきました。

※DMP…Data Management Platformの略。企業が持つ顧客データやマーケティングデータなどを統合的に管理し、マーケティング活動全体を最適化するためのプラットフォーム
※ERP…Enterprise Resources Planningの略。日本語では、「統合基幹業務システム」や「統合業務パッケージ」などと呼ばれている

 マスクドさんは「システムに人が合わせるのか、あるいは人の業務にシステムを合わせるか。そうした考え方の違いなんです」と主張します。

 「システムがパッケージ化されていても、業務フローに合わせてカスタマイズしたいという声は根強くあります。しかし、それには限度がありますし、何億円も追加投資しないといけない。AIも同じで、人がやっていた作業をAIで再現したいという依頼はどこかで無理が生じる。人に合わせてシステムを開発しようとすると、残念な結果になってしまうんです」

 なぜ「人に合わせたシステム開発」が横行するのでしょうか? 本来は仕事のプロセス自体をAIで置き換える必要があるはずですが、実際は「現場の業務知識が欠落した状態でAI導入を進めないといけない」現状があるようです。

 製造業の例を見てみましょう。

 いきなり工場で使うセンサーの専門的な説明をされても、AIベンダー側はすぐに理解できません。業務知識については深い理解があるけれどAIが分からない依頼者、AIには詳しいが業務知識が欠落しているAIベンダーの間に溝があるのです。そのため、仕事のプロセス自体をAIで置き換えることができず、業務フローに合わせてシステムをカスタマイズするような結果になってしまうのです。

 「理想は、業務知識が分かっている現場の人と、AIに詳しくてなおかつ現場の人とコミュニケーションが取れる人がタッグを組んで、最適な仕組みを導入できれば最高です。ですが、そういう取り組みはイケてる内製化成功企業でしかできていません。そもそも、現場一筋30年の熟練者と、ロジカルにプログラミングする人はうまくかみ合わないんですよね」

 こうした問題を解消するために、発注側のエンジニアで「AIを勉強してみよう」と考える人はいるのでしょうか。マスクドさんは「新しいものを取り組んで向上心がある人は、大手メーカーではなくベンチャー企業に行くのではないでしょうか」と述べます。

 「意欲がある人が上申しても、保守的かつ大きな組織では意見が通りにくい。そうすると諦めて別の会社に行ってしまう。私のソーシャル上の知り合いで、からあげさんという方が書かれた『ディープラーニングおじさん』というブログ記事が大変バズりました。あれが理想形ではあるものの、本当にまれという印象です」

 確かに、自分自身に置き換えて考えてみると、45歳や50歳になって今までの知識が全く通用しない領域をゼロベースから勉強できるかと言われれば疑問です。しかし、マスクドさんは「勉強し続ける気概、情熱が大事だ」と強調します。

 「覚えないといけないことは山ほどあります。今はPythonが主流ですが、この先に新しい言語や技術が出てくるかもしれない。常にアップデートし続けないと生き残れないでしょう」

 米国や中国の勢いに押され、「AI後進国」ともされる日本。マスクドさんは、先進国入りするためには「内製化を進めるべき」と考えます。

 「自分のビジネスでAIがどう役に立つかを想像できるだけでも話は変わります。全員がコードを書ける必要はないんです。向き不向きはありますから。そうした努力をしないまま、とりあえずベンダーに丸投げするアウトソーシングはやめた方がいい。70年代の基幹システムやオフコンの頃から「ITが分からない」という人たちの丸投げ根性が、今もずっと続いています。その丸投げ先としてSIerさんが居続けるのも本来は問題です。これは、いよいよ産業構造の話になってしまいます。

 まずは、ITに関する知識のアップデートが大切です。全ての人が技術書や論文を読むべきとは思いません。でも、ある程度の知識は身に付けてほしい」

 「例えば松本さんの書かれた「誤解だらけの人工知能」を読めば、現時点でAIが人間より優れている面や得意分野が限られていると十分に分かります。自分で調べた限りでは、社会人が読むべきAI本はそこまで多くない。noteでも「社会人に役立つ人工知能本三冊しかない説」をまとめましたが、書店で売っている本を読むだけでも違います。

0 件のコメント:

コメントを投稿