ユーザー企業におけるAIシステム導入のフェーズが変わってきた。AIで何ができるかという検証から、実際の業務に適用してビジネス価値を生み出す改善へと移行しているのだ。改善が目的なら、通常の情報システム同様に、ユーザー企業の業務部門や情報システム部門とシステムインテグレータのSEが導入の中心となるべきだ。しかしそうなると、AIシステムをどのように構築するかが問題になってくる。どうすれば、価値を生むAIシステムを構築できるのだろうか。
2017年頃までは、ディープラーニングで画像を解析して何に使えるかを検証するなど、PoC(Proof of Concept:概念検証)のプロジェクトが多かった。ところが最近は、PoCで得られた知見に基づきビジネス化へ向けて導入の効果や価値を検証するPoB(Proof of Business)のプロジェクトが増えている。なかには、PoBを経て、AIシステムの構築・運用のフェーズへと進む企業もある。それに伴い、現在、AIシステムを導入する業界・業種は大きく拡がってきた。
例えば、保険業界でAIシステムが導入されたのは、事故審査の分野だ。ドライブレコーダーの画像データと衝撃センサーの時系列データを解析することで、事故の検知率を90%以上に改善させたのである。これは、保険金支払額の早期確定や安全運転のサポートにつながっている。
農業分野では、当初、植物の群生状況を見るために画像認識が導入された。さらに最近は、画像情報に含まれる可視光線以外の光の分布を解析することで病害発生を未然に防ぐ試みが行われている。複数の波長からなる不可視光線のデータを組み合わせることで、病害発生箇所を早期に検出するのだ。
製造業では、ベテラン職人のノウハウを継承するためにAIシステムが活用されはじめた。具体的には、作業時の手や頭の動きを3次元データとして取得し、スコア化したデータを時系列グラフに落とす。これにより、ベテランと新人の動作の違いを可視化でき、様々な気づきが得られる。技術継承に役立っているのだ。
金融業では、店舗における顧客の動線解析により、ATMの待ち時間を予測している。ATMに並ぶ人を分類することで、一人ひとりのおおよその待ち時間を算出し、集計するのだ。同じ技術を、富裕層のテラー案内や不審者の検知にも応用できる。
「AIによる解析データを共有することで、お客様から様々なアイデアが出てきます。アイデアを実現するためにディスカッションを重ね、実際に試してみることで、AIを業務で使いこなす力が伸びるのです」と、SCSK 全社営業統括部門 戦略ソリューション営業統括本部 イノベーション統括部 副部長 帯津 勉は話す。
昨今のメディアには、AIの活用にはビッグデータが必要であり、世界中から膨大なデータを集めるGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に日本企業は太刀打ちできないとする声が大勢を占める。
これに対して、SCSK 全社営業統括部門 戦略ソリューション営業統括本部 ソリューション営業統括部 第二課 課長代理 牧 和城は「機械翻訳のような汎用的なシステムの構築には、学習データが極めて重要で、膨大な母数のデータが必要です。しかし、個別業務の課題解決を目的とするのであれば、企業がすでに持っているデータからでも価値を生むAIシステムは構築ができます」と語る。
また、GAFAに依存することにはリスクも伴う。GAFAが持つビッグデータによって構築されたAIのAPIサービスを利用すれば、自社に知見や知的財産が残らないからだ。これは、自社主導で事業を運営する上で大きな問題となるだろう。
日本企業も徐々にこのことに気づき始めている。「業務課題を解決する上で重要になるデータを長期にわたって蓄積し、それをベースに、自社独自のノウハウを磨き上げたいとするお客様からの引き合いが増えています」と帯津は分析する。
AIシステムを導入するにあたってのアプローチも変わってきた。業務要件を厳密に定義して要件に応じたシステムをゼロから作り込むのではなく、求められる要件の機能に着目し、それを実現するAIをシステムに組み込む方式が主流となりつつある。この方式では、通常、サンプルデータを見ながら実現する機能を検討することになる。
サンプルデータを見て機能を検討する上で重要になるのが、データの特徴である。特徴とは、ものを識別するための要素だ。たとえば、リンゴには「赤い、丸い、芯がある」などの特徴がある。特徴を数値化した特徴量によって、他のものと区別するのがAIの原理だ。機械学習では人間が特徴量を定義し、ディープラーニングでは機械が自動的に特徴量を見つけるという違いがある。自社業務の特徴を見出すことが、企業の知的財産を蓄積することになるのだ。
そこで有効なのが、モデルベースの開発手法だ。ベースとなるモデルとは、特定の機能を実現するためにSIベンダー側が提供する製品・サービス群である。ユーザーはベースモデルを利用することにより、セミオーダー感覚で迅速にシステム環境を構築できるようになる。
SCSKがAIシステム環境を構築するために提供しているベースモデルが、SNN(SCSK Neural Network toolkit)だ。SNNを活用することで、迅速にAI環境を構築できるだけでなく、ユーザー企業にはAPIサービスの利用では残らない知的財産を自社に残せるようになる。その知的財産をモジュール化することで、新しい業態や事業への展開も可能になるだろう。
現在、AIシステム開発の中心となっているのは、ChainerやTensorFlowなどのフレームワークを用いたAIシステムの構築だ。しかしそのためには、特徴を抽出できるアルゴリズムを考え、さらにPythonなどのプログラミング言語でモデルに落とし込むAIエンジニアが必要となる。一方、SNNを活用したAIシステムの構築では、アルゴリズムの選定はベースモデルがカバーする。
SNNを使えば、不足しているAIに精通したIT人材をアサインする必要がないため、AIシステム構築のハードルが下がるのだ。これにより、業務知識があり、データの意味・内容が分かるユーザー企業の業務担当者とITベンダーのSEがいれば、すぐにAIシステム構築に着手できる。ビジネスにスピードが求められる今、この効果は極めて大きいと言えるだろう。
また、SCSK 全社営業統括部門 戦略ソリューション営業統括本部 イノベーション統括部 第二課長 島田 源邦は「最近お客様のご要望で、AIシステムによる靴の検品自動化に向けたPoCプロジェクトを手がけました。ところが画像認識技術を使って検品すると、人間であればひと目でわかるキズと模様との判別が、当初難しかったのです。こうした業務における知識が、AIシステムに業務を代替させる上で重要になります」と話す。
長年の業務で培ってきた様々な「常識」があるからこそ総合的な判断が可能になる。ブロック崩しなどのゲームであれば、基本的なルールさえ覚えれば、あとはロジックを突き詰めることで、人間を凌駕できる。しかし、人の業務を代替させようとすれば、様々な知見が必要になる。
医療のような専門知識が必要な分野では、この傾向がより強くなる。たとえば、現在放射線科の医師などが担っている画像診断をAIシステムで代替させるのであれば、画像のパターンや臓器の位置関係が持つ意味のほか、人種や性別、年齢や病歴などによる個体差など、必要な知見の幅は格段に増えることになるのだ。
SNNでは、今後も新たなベースモデルを提供していくと言う。例えば、新たに提供される時系列予測モデルを使えば、過去の実績データに基づいて農作物収穫予測や電力需要予測などが可能になる。自然言語処理や画像・映像の自動生成を担うモデルの導入も検討されている。こうしたモデルを活用すれば、画期的な事業を生み出せるかもしれない。
業界をまたいだユースケースの横展開も考えられる。例えば銀行の動線解析で使われるモデルは、自動レジやエレベーターの待ち予測、店舗設計の効率化などにも応用可能だ。その結果、課題のスピーディーな解決だけでなく、事業の競争力向上も図ることができる。
ベースモデルの活用に手を挙げるユーザー企業は、急速に増えている。今回の記事で紹介しきれなかった事例もある。まずは、PoCレベルでの導入に向けて相談してみてはどうだろう。
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