2018年10月4日木曜日

AIは職業にどのような影響を与えていくのか、どう使っていけばいいのか。これからの働き方を考える

 AIによって失業者は増えると思いますか?——転職サービスのエン・ジャパンが、2016年8月にこんなアンケートを行っています。今から2年前になりますが、どのくらいの割合の人々が「AI失業」を予想していたと思いますか(詳しいアンケート結果はこちら)?

 答えはちょうど半分の50パーセント。2年前でも、既に2人に1人がAIによる失業を実感していたわけですね。ちなみにこの割合、ご想像の通り若い世代の方が高くなっていて、50代の40パーセントに対し30代では58パーセントと、20ポイント近く差が開いています。

 面白いのは、同じアンケートの3番目の質問「今のご自身の仕事は近い将来、AIに代替されてなくなってしまうと思いますか?」に対する結果です。先ほどの質問では半数の人々がAI失業を予想していましたが、自分の仕事がなくなると思うか?という質問に対して「はい」と答えたのは、全体のたった17パーセント。皆さん「AIによって仕事を失う人も出てくるだろうけど、自分の仕事に差し迫った危険はない」と感じているわけですね。

 この見通しが甘いかどうかは別にして、実際にいま、多くの職場で人員余剰よりも人手不足の方が課題として認識されています。人手不足の状況と原因については、さまざまな分析がなされていますが、今年3月に内閣府が発表した報告では、「景気の回復に伴う労働需要の高まりに対して、労働供給が完全には追いついていないため、中小企業を中心に人手不足感はバブル期並みの水準となっている」と解説されています。

 しかもご存知の通り、日本は少子高齢化社会がますます進行中で、労働力は減る一方。さらに他の諸外国でも人口は頭打ちで、中国ですら、2025年頃から労働輸入国に転じると予想されています。つまりいま移民を受け入れるべきかという議論が活発になっていますが、移民に門戸を開いたからといって、日本にやってきてくれるとは限らないわけですね。

 だからいまこそAIの出番——と言いたいところですが、いくらAIで自走自動車が実現される時代になったからといって、同じAIにオフィスの掃除をお願いすることはできません。運転もできれば料理もできる、土木作業や子供の世話まで——などという汎用ロボットが誰でも手に入るという未来は、まだ地平線にすら見えていないのです。「自分の仕事が近い将来、ロボットやAIに代替されてしまうことはない」と予想した多くの人々は、正しく未来を見据えていると言えるでしょう(残念ながら全員ではないはずですが)。

 とはいえ、当然ながらこの問題にAIがまったく役立たないわけではありません。いま仕事をしている人々に、なるべく長く職場にとどまってもらう、そのためにAIを活用しようという動きが広がっています。人から仕事を奪うのではなく、辞めずに続けてもらうよう手助けするAIというわけです。

 企業にとって、せっかく育てた人材が辞めてしまうというのは大きな損失です。これまでその人物の採用や教育にかけたコストが無駄になってしまうだけでなく、彼らが持っていたノウハウや経験で生み出されるはずだった利益がなくなり、さらに後任を探す手間暇がかかってしまうわけですから。しかも前述の通り、いまは人手不足で後任が見つかる保証のない時代に突入しています。

 そこで以前から、退職しそうな社員をデータから予測し、上司による引き留めなどの先手を打つという取り組みが行われてきました。有名なもののひとつが、HP(ヒューレット・パッカード)が行っている「フライト・リスク(flight risk)」分析(この話題を初期に取り上げた書籍の一冊、エリック・シーゲル著『ヤバい予測学』では、フライト・リスクを「逃亡リスク」と訳しています)。これは勤務評価や昇進・昇給の状況といったデータを基に、離職するリスクを数値化するというもの。HPは2010年代初めからこの取り組みを行い、リスクが高いと判断された社員に引き留めなどの対応を行うことで、潜在的に3億ドルものコスト削減効果を得たとされています。

 「辞めそうな人を可視化する」という発想がわかりやすいためか、同種の取り組みはさまざまな企業で行われ、高度化が進められています。人材大手のパーソルホールディングスでは、退職者を含む3500人分の社員情報を基に、正解率90パーセントという退職予測モデルをつくり上げたそうです。またポルトガル発のスタートアップPerformetricは、キーボードとマウスの使用データから従業員の疲労レベルやストレスレベル、感情の起伏等をリアルタイムで検知するというサービスを提供しています。ビッグデータ時代が到来し、分析の対象となるデータの量と種類を大幅に増やすことが可能になった結果、高い精度で従業員の不満や退職の可能性を把握できるようになっているわけですね。

 さらにそうした予測システムを、自社でつくる必要すらなくなっています。例えばオラクルの「HCM Cloud」のように、いま多くのHCM(Human Capital Management、人事管理)アプリケーションにおいて、フライト・リスクと同様の離職リスクを算出する機能が提供されるようになっています。実は皆さんが働く会社でも、知らないうちに自分の退職をAIが予測し、AIに仕事を奪われるのではなくむしろ引き留められていた——などということが起きておかしくない時代になっているわけですね。

 とはいえロボットやAIは急速に進化しつつあり、人間も現在の地位にあぐらをかいているわけにはいきません。AIに追いつかれない、あるいは追いつかれた際に別の仕事に移るためにも、これからの私たちは継続的なスキルアップに取り組む必要があります。そしてここでも、AIの力が生かされようとしています。

 数年前にMOOCs(Massive Open Online Courses、大規模公開オンライン講座)という言葉が話題になり、日本でも取り組みが進んでいますが、そのパイオニアであるCourseraやUdacityといったサービスでは、いまAIによる受講者のスキルの可視化が積極的にすすめられています。

 Courseraは、今年8月の公式ブログ上で、AIをベースとした「スキル・ベンチマーキング」というツールを立ち上げる予定であることを発表しました。これは彼らのサービスと契約している企業ユーザー向けに提供されるもので、自社の従業員がどのようなスキルを持っているか、他社と比較して劣っていないか、劣っている場合にはどの講座を受講させれば良いかを分析・提案してくれるというもの。Courseraは既に1400社以上の企業ユーザーと提携し、彼らの講座を提供しています。さらに個人ユーザーも3000万人以上が登録しており、こうしたユーザーたちから得られる膨大なデータを機械学習で分析。企業が業界や地域、組織の規模といった単位で競合他社と比較するのを可能にするとともに、「機械学習」のようなスキル単位で、優秀な従業員や自社レベルを把握できるようになるそうです。

 また多くの先進的なMOOCsにおいて、学習者の過去のパフォーマンスを分析し、次に受講すべき講座を提案したり、個々の学習者に効果的な学習パターンを割り出したり、彼らの将来の習熟度を予測したりといった取り組みが行われています。こうした学習のモニタリングは、ややもすると上からの監視だという印象を従業員に与えかねません。しかしAIによって精度の高い分析や予測が行われるようになれば、逆に人間よりも偏見や見落としの少ない評価をしてもらえるという捉え方をされるようになるのではないでしょうか。

 面白い調査結果があります。消費者を対象にした調査なのですが、2017年にコンサルティング会社のアクセンチュアが行ったアンケートで、回答者の62パーセントが「AIに対応されることに抵抗はない」と答えています。さらに何らかのアドバイスを受ける際、人間よりもAIの方が優れていると思われる点は何か?という質問に対しては、68パーセントが「偏見が少ない」、64パーセントが「コミュニケーションがより丁寧」と答えているのです。上司にキャリアアップの相談を持ち掛けるよりも、AIにアドバイスをもらう方が良い、と感じる人々も増えてくるかもしれません。

 でも企業内でのツールだと、辞めてしまったらそれで終わりだから……と思われたでしょうか? 実はそうとも限りません。退職者に対し、合意を得た上で(いつか再雇用することを見越して)彼らのデータを残しておいたり、あるいは退職者用のグループを用意したりといった対応は普通に行われています。彼らが元社員のスキルを退職後もフォローして、例えばCourseraのユーザーであれば退職後も講座の受講状況を(同じく合意の上で)追跡するなどして、必要に応じてラブコールを送るといったことも行われるようになるでしょう。

 実際、ATS(Applicant Tracking System、採用管理システム)の分野では、ソフトウェアが応募者に関する膨大な情報を自動で収集・分析するようになっています。中にはいったん不採用とした応募者についても、その後の活動をネット上で(SNSや上記のようなMOOCsを追うなどして)追跡し、彼らのスキルとマッチする案件が出てきたら再度コンタクトするという場合も。それを不気味だと感じるか、頼もしいと感じるかは人それぞれだと思いますが、いずれにしてもAIは当面、仕事を奪うよりも奪われないように助けてくれる存在になってくれそうです。

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